Core Harmony Blog
アイニカエル。アイカライキル。

大変だけど、苦でない

GW後半をいかがお過ごしですか?

私は、家周りの片付け、掃除をしたり、仕事をしたりと、淡々とですが、いろんなことを感じながら、考えながら、過ごしています。

先日、愛犬が旅立ったことを書きましたが、最後の方の介護は、こちらが2時間以上眠れない状態でのお世話だったので、大変と言えば大変でしたが、苦にならない大変さってあるんだなと思わせてもらえた貴重な体験でした。

赤ちゃんを育ているお母さんってこうなんだろうなあ、すごいなあとも時々思っていました。

子育てを知らない私には、ほんの少しの間、擬似体験のようなものを味合わせてもらっているようにも感じていました。

14年間の愛犬との日々は、本当にいろんなことを私に残してくれました。

その全てを、ぼんやりと意識の中にしまっておくのはもったいなくて、彼女と出会ってから、私の中で残っている思い出を一つ残さずに言葉にして、しっかりともう一度味わいたくて、今「
note」という媒体に、彼女との出会いからのことを書き綴っています。

本当に不思議なくらいに、その当時に誰が何を言って、自分は何を感じていたというような詳細な記憶が蘇ってきます。

その当時のことを詳細に言葉にすると、この14年間に感じてきたことがまた倍になって私の体の中に響くのです。

愛犬に「こんなにも幸せな日々をありがとう」という気持ちを、最大限に表現するためにも書いているようにも思います。

命を授かる、預かるって、本当に大変ことですが、同時に喜びもどんどんと増えていくんですね。

なのに、自分の命については、どうでしょう?

ふと、こう書きながら、そんな問いが出てきました。

自分の命を授かったとか、預かったとかの感覚がないので、自分の命は、一番粗末に扱っているように感じます。

こうして自分に命があることが、当たり前のようになっていて、ほっておいても何とか生きているから、まあいいかあ、みたいになっている。

普段は「自分さえ良ければいい」という自己中心的な行動をする私ですが、自分の命は大切にしていない感覚があるってどういうことなのか?

「自分さえ良ければいい」は、きっと自分を大切にしていることにならないのでしょうね。

私が愛犬をあんなに愛せたのは、彼女がそうやって自分を愛してくれたからだと思っています。

なので、彼女が私を愛してくれたように、そして私が彼女を愛せたように、自分を愛せばいいということに、何か答えがありそうです。

その答えが、愛犬との日々を書き綴ることで、もっとはっきりと見えてくるのかもしれません。

よろしかったら、ぜひ「
note」に投稿している私の記事を読んでみて下さい。

「スキ」は、noteに登録しないと出来ませんが、「スキ」をしてもらえると素直に嬉しいです。

今日も自分の命を感じながら、過ごします。

皆さんもどうぞ、ご自分の命を大切にお過ごし下さいね。

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5月開催の「アイカタリ」、残席1名となりました。
興味のある方は、ぜひご参加くださいね。

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