Core Harmony Blog
アイニカエル。アイカライキル。

「真剣さ」って…。

先日、志摩の実家を訪ねた時の帰り際、「今年も咲き始めてくれたわよ」と母が玄関先の梅の木を指差しました。夜だったのですが、月明かりの下で、真っ白に輝く梅の花。その香りは、深く、一呼吸で私の意識を宇宙の果てまで連れて行ってくれた…と言っても過言ではないくらい素晴らしい香りを放っていました。

これまで時々この梅の木に実る梅を頂いていましたが、去年から何かものすごい実になっているのを感じます。収穫したタイミングがよかったからかどうかわかりませんが、去年は、それで梅干しを作ったら、美しく、美味しい梅干しができました。

風邪気味の時、その梅干しとおかゆを頂くと、すごく体が温まり、その後良く寝ると、体調が戻ります。お薬のような梅干しの存在は、とても有り難いし、心強い。

「今年も実がなったら下さい」と母にお願いしました。去年の梅干し、「美味しかったの!」と母に報告しながら、少しもお裾分けしていない自分に後で気づき反省。

「母上さま、今度は少しのお裾分けを持って帰ります。」と帰りの車中、心の中で誓いました。

この夜は、私たちの突然の訪問にも関わらず、夕食の時間だったので、これも食べて、あれも食べて、これ持って帰ってと、いつものようにお腹と車のトランクをいっぱいにして帰ることになりました。このような私の両親の姿をいつも見ているので、ちょっとの立ち寄りだけでも、必ず何か手土産を用意しようとする主人と、そんなことが全く頭になく、もらってラッキーだと思っている私。「自分さえよければ、良し」が、やはり自分の本質なんだな…とまた確認する夜でした。

その私も受け入れながら、やはりもっと愛を高めたい。

自分に一番近い人たちに、もっと愛ある行動が出来るように、自分を育てたい。

「まだまだ真剣さが足りない」とその他の場面からも夫から指摘を立て続けに受けていたとき、
ほぼ日刊イトイ新聞の糸井重里さんの昨日(2月13日)の「今日のダーリン」で、写真家の幡野広志さんのブログに知ることになりました。

そこには真っ直ぐで、真剣な言葉があって、読んでいるだけで、自分の心の中にある余計なものが一掃される感覚を味わいました。

「最後の狩猟。」という記事から読み始めたのですが、もう最初のところで、その真っ直ぐな表現に、衝撃を受けました。

「いまだにガンをいう漢字が書けない。」
「ショックで受け入れられていないとか心境の問題はなく、学力の問題だ。」

そう表現されたところ、私だったら、「ガン」を学力の問題で書けなくても、パソコンが変換してくれるから、そのまま漢字を使って表現しているだろうと思う。

ここまで自分の心と、綴る言葉に対しての真剣さというか、真っ直ぐ感というのが、私にはなかった。

ああ、これが「真剣さ」というものか…。

今、そんな衝撃の中にいます。

幡野広志さんのブログ、ぜひ読んでみて下さい。

時間に、命に限りがあるから、真剣に生きようと、ふわふわ言ってきた自分を反省しています。

「真剣さ」について、

そして、それが「足りない」と感じている自分を、

今感じ続けているところです。

ザリッチ宏枝
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