Core Harmony Blog
アイニカエル。アイカライキル。

小さい時のときの記憶に宝物が隠れている

最後にブログを投稿してから、もう2ヶ月近くも経っていますね。

たくさん書きたいこと、表現したいことがあるのに、それをカタチにして伝えるまでに至らないことにもどかしさをずっと感じる時間を過ごしています。

時間が足りないという問題でもなく、自分の感じていることを上手く言葉にできない、それは能力の問題の方が大きいのですが、自分の感じていることをはっきりと意識の中で認識できれば出来るほど、言葉にできなくなる状態が続いています。

少しの前の私なら、「ああ、面倒くさい!」、「このくらいの表現で今はよしとしよう」という気持ちになっていたと思うのですが、今の私は、自分にそれをさせないのです。

以前のブログ記事にも書いたドン・ミゲルの「4つの約束」の中の【1つ目の約束】である「非の打ち所なく言葉を使うこと(正しい言葉を使うこと)/ Be Impeccable with your Word」を実践しようとしているところでもあるからかもしれません。

この「言葉にうまくできない」ジレンマから解放されたくて、日々ジャーナリングも書き続けて、他の場でも「書く」ことには惜しみない練磨を続けているつもりでも、もう少しこの感覚は続くように感じています。もしかして、一生続くのかもしれませんね…。

伝えたいのに、言葉にできないストレスは、きっと私たちが2歳児の時に感じていたストレスに近いのではないかと、想像しています。

この「2歳児」という言葉から思い出したことを、ここではシェアさせてください。

今から18年前に「退行睡眠」なるものを受けとき、自分の2歳児の時の記憶が蘇ってくる体験をしました。

それは、こんな光景です:

ヨチヨチ歩きの私が、ドスンと床に座って、大人たちの会話を下から見上げています。

その大人たちの姿を、曇りガラス越しに見ているような感じで、はっきりと姿は見えないのですが、それを見ている私は、「どうして大人たちは、自分から醸し出しているものとは違うエネルギーを発するのだろう」と感じているのです。

この中で、「自分から醸し出しているもの」とは、その人のオーラみたいなものから出ているものを意味しています。

そして「違うエネルギーのものを発する」とは、その人が発している言葉のことを指しています。

2歳児の私は、その人が全身から発するエネルギーと、その人の口から発するエネルギーが違うことを不思議に思っていたのです。

この退行睡眠のセッションの時に、この記憶の意味を聞かれ、「みんながテレパシーでコミュニケーションをとれば、誤解のない世界が生まれる」とぼんやりした頭で私は答えたのですが、それから何年も立って、この記憶が、私の生まれてきた意味につながる大切なメッセージであることに気づかせてもらいました。

私は小さい時から、とても人間関係に悩んでいる方だと思います。

きっとそこへ人一倍意識がいくので、必要以上に悩んでいたのでしょう。普通の人なら悩まないことまで、気にしていたように思います。

でもそれにも意味があったようです。

母国語の他に、第2ヶ国語の英語も加わって、言葉としてのコミュニケーションの悩みから、人間関係から起こるコミュニケーションの悩みまで、いろいろと経験をさせてもらいました。

今はお仕事でも、プライベートでも、「ちょっと話をしただけなのに、どうしてそんなことまでわかるんですか?」と言われることが多いのですが、これはずっとずっとコミュニケーションで悩んできたプロセスの中で、私が得た能力だと思っています。

でも、私の主人は私以上に人の思っていることがテレパシー的にわかる人なので、上には上がいて、自分はまだまだ全くわかっていない方だと思っています。

ただ、苦労してきた分、どうしてそのような傾聴ができるのかをお伝えすることができるんですよね。主人は、自然に出来る人なので、あまりにそれが当たり前すぎて、「どうしてこれができなんだ?」と思うようです。

テレパシーでコミュニケーションできる世界って、素敵だと思うかもしれませんが、多くの人にとっては怖い世界だと思います。

それは、自分が感じていること全てがわかってしまうからです。「あなたの今のお話、つまらないです」って自分が思ったら、すぐに相手に伝わるわけなので、ちょっとそれは困ります。

でも、これはそう思うことが悪いと思っているからであって、「真実ほど愛あるものはない」という感覚でいつもいれたら、取り繕った交流よりも、いつも真実をベースにして交流できた方が、本当はその方がホッとするし、「それはそれ。これはこれ」と伸び伸びとした人間関係をもてる世界になると、私は感じています。

このテレパシーレベルの傾聴力を持つためには、自分のことについてとことん正直になって、しっかりと自分の全てを見つめる、受け入れることができることが必須です。

その訓練をするのが
傾聴の学校「ソクルス」ですが、私はテレパシーレベルのコミュニケーションが当たり前になる世界にしたくて、生まれてきたのだととても思っています。そのために、これまでの人生の経験があったのだということも、とてもわかります。

そして、私は、自分のテレパシー的な能力を高めて「あなたは、こう思っていますね」と相手に伝える役をしたいのでなく、テレパシー的な能力を使って、相手の魂を抱きしめて、相手が自分の本当の気持ちにつながるお手伝いをしたいと思っているのです。そのためにコーチングを学びたかったんだということも腑に落ちていて、こうして2歳の時に、私はもうすでに自分の人生のテーマとなる原風景を体験していたのです。

皆さんも、自分は何のために生まれてきたのだろう、どんな意味があって私の人生はこうなっているのだろうと思うことがあるかもしれませんが、その答えは、案外自分の小さい時の記憶を辿ると見えてくるかもしれません。そして、その記憶がある場所から、今までの人生を振り返ると、自分の人生で起こった全てが、その大切なことのためにあったと、実感されるかもしれません。

小さい時のことで、とても印象に残っている出来事を書き出してみてください。

そこには、思ってもみなかった、大きな宝物が隠されているかもしれません。


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