自分の中の愛を高めたいとき

心が震える瞬間

大好きなコメディアンの一人にジョージ・カーリンという人がいます。彼は、2008年に他界した人ですが、言葉の魔術師とも言われるくらいに、言葉の扱い方が巧みで、魅了されるコメディアンでした。

昨日、PCの中のファイル整理をしていたら、彼の言葉を保存していたファイルが見つかりました。とても心を打たれたメッセージなので、みなさんにもシェアをさせていただきます:

====引用先:http://feely.jp/9763/====

放送禁止用語を多用して、政治や社会を痛烈に批判する笑いで人気を博したアメリカのコメディアン、ジョージ・カーリン氏。

最愛の奥さんを亡くした際に、彼が牧師さんの説教を引用して友人に送ったとされるメールがあります。

人生において本当に大切なものは何かを、気付かせてくれる言葉になっています。

====== 以下訳文 ======

ビルは空高くなったが 
人の気は短くなり
高速道路は広くなったが 
視野は狭くなり
お金を使ってはいるが 
得る物は少なく
たくさん物を買っているが 
楽しみは少なくなっている

家は大きくなったが 
家庭は小さくなり
より便利になったが 
時間は前よりもない

たくさんの学位を持っても 
センスはなく
知識は増えたが 
決断することは少ない

専門家は大勢いるが 
問題は増えている
薬も増えたが 
健康状態は悪くなっている

飲み過ぎ吸い過ぎ浪費し 
笑うことは少なく
猛スピードで運転し 
すぐ怒り
夜更かしをしすぎて 
起きたときは疲れすぎている

読むことは稀で 
テレビは長く見るが 
祈ることはとても稀である

持ち物は増えているが 
自分の価値は下がっている

喋りすぎるが 
愛することは稀であるどころか憎むことが多すぎる

生計のたてかたは学んだが 
人生を学んではいない
長生きするようになったが 
長らく今を生きていない

月まで行き来できるのに 
近所同士の争いは絶えない

世界は支配したが 
内世界はどうなのか

前より大きい規模のことはなしえたが 
より良いことはなしえていない

空気を浄化し 
魂を汚し
原子核を分裂させられるが 
偏見は取り去ることができない

急ぐことは学んだが 
待つことは覚えず

計画は増えたが 
成し遂げられていない

たくさん書いているが 
学びはせず
情報を手に入れ 
多くのコンピューターを用意しているのに
コミュニケーションはどんどん減っている

ファーストフードで消化は遅く
体は大きいが 
人格は小さく
利益に没頭し 
人間関係は軽薄になっている

世界平和の時代と言われるのに
家族の争いはたえず

レジャーは増えても 
楽しみは少なく
たくさんの食べ物に恵まれても
栄養は少ない

夫婦でかせいでも 
離婚も増え
家は良くなったが 
家庭は壊れている

忘れないでほしい 
愛するものと過ごす時間を
それは永遠には続かないのだ

忘れないでほしい 
すぐそばにいる人を抱きしめることを
あなたが与えることができるこの唯一の宝物には 
1円たりともかからない

忘れないでほしい
あなたのパートナーや愛する者に
「愛している」と言うことを
心を込めて

あなたの心からのキスと抱擁は
傷をいやしてくれるだろう

忘れないでほしい
もう逢えないかもしれない人の手を握り 
その時間を慈しむことを

愛し 
話し 
あなたの心の中にある
かけがえのない思いを
分かち合おう

人生はどれだけ
呼吸をし続けるかで
決まるのではない

どれだけ
心のふるえる瞬間があるかだ

ジョージ・カーリン

====== 以下英文 ======

The paradox of our time in history is that we have
taller buildings but shorter tempers, wider
freeways, but narrower viewpoints. We spend more, but have less,
we buy more, but enjoy less. We have bigger houses and
smaller families, more conveniences, but less time.

We have more degrees but less sense, more knowledge,
but less judgment,
more experts, yet more problems, more medicine,
but less wellness.

We drink too much, smoke too much, spend too recklessly,
laugh too little, drive too fast, get too angry, stay up too late,
get up too tired, watch TV too much, and pray too seldom.

We have multiplied our possessions, but reduced our
values. We talk too much, love too seldom,
and hate too often.

We’ve learned how to make a living, but not a life.
We’ve added years to life not life to years. We’ve
been all the way to the moon and back, but have
trouble crossing the street to meet a new neighbor.

We conquered outer space but not inner space.
We’ve done larger things, but not better things.
We’ve cleaned up the air, but polluted the soul.

We’ve conquered the atom, but not our prejudice.
We write more, but learn less. We plan more,
but accomplish less. We’ve learned to rush, but not to wait.
We build more computers to hold more information,
to produce more copies than ever,
but we communicate less and less.

These are the times of fast foods and slow digestion,
big men and small character, steep profits
and shallow relationships.

These are the days of two incomes but more divorce,
fancier houses, but broken homes.

These are days of quick trips, disposable diapers,
throwaway morality, one night stands, overweight bodies,
and pills that do everything from cheer, to quiet, to kill.

It is a time when there is much in the showroom window
and nothing in the stockroom. A time when technology
can bring this letter to you, and a time when you can choose
either to share this insight, or to just hit delete.

Remember, spend some time with your loved ones,
because they are not going to be around forever.

Remember, say a kind word to someone who looks up to
you in awe, because that little person soon
will grow up and leave your side.

Remember, to give a warm hug to the one next to you,
because that is the only treasure you can give
with your heart and it doesn’t cost a cent.

Remember, to say, “I love you” to your partner and your loved ones,
but most of all mean it. A kiss and an embrace will mend hurt
when it comes from deep inside of you.

Remember to hold hands and cherish the moment for
someday that person will not be there again.

Give time to love, give time to speak, and give time
to share the precious thoughts in your mind.

AND ALWAYS REMEMBER:

Life is not measured by the number of breaths we take,
but by the moments that take our breath away.

George Carlin

==============

“the moments that take our breath away”を、

「心のふるえる瞬間」と訳されたのが素晴らしい…。

世の中の速い流れに巻き込まれて、

私たちの多くは、本当に大切なものを見失いがちになってしまっていますね。

ここは少し立ち止まって、自分にとって何が本当に大切かを見極め、自分が大切だと思うことを大切する生き方をし始める、あるいはその方向へ「戻す」生き方をする必要があるのかもしれません。

どんなにテクノロジーが発達しても、世の中の流れのスピード速くなっても、人間にとって大切だと思えるものは、いつの時代も変わらないように感じます。

みなさんは、彼の言葉を読んで、何を感じましたか?

私も、私にとって大切なことを大切にする1日にしていきます。

心が震える瞬間を自ら創り出す1日に、今日もしていきます。

ザリッチ宏枝 

Vulnerability ~勇気を持って生きる~

窓から心地良い風と共に、近辺に咲き始めたジャスミンの香りが運ばれ、室内がとても良い香りで包まれています。それぞれの季節に良さはありますが、今の季節の良さは程よい温度と湿度の状態を感じられるところでしょうか。花粉も収まって、家中の窓をあけることができる季節は、私たちでなく、家も喜んでいるような気さえします。

さて、今回の記事について、タイトルにした”Vulnerability”という英語は、なかなか日本語に一言で訳せない言葉です。

カタカナ読みすると、「ボナラビリティ」と発音します。

辞書で調べると、「傷つきやすさ」、「もろさ」と出てきますが、確かにそれらの質感はありますが、この言葉を私たちの心の状態の1つとして表現する時、これだけでは物足りない感じがします。

私はコーチングを英語で学びましたが、その時に、この言葉が良く出てきていたので、最初は何だろう?と思っていました。英日辞典で調べても納得いく説明がなかったので、そういう時は必ず英英辞典で確認するようにしていますが、辞書でなんとなく理解してから、英語ネイティブがどんな時にその言葉を使うのか、観察しながら理解を深めていったという言葉です。

皆さんにも、こちらの英英辞典の説明を日本語に訳すると、少しはこの言葉の意味に近づくように思いますので、ご紹介させて頂きますね。

vulnerability:

the quality or state of being exposed to the possibility of being attacked or harmed, either physically or emotionally(New Oxford American Dictionaryより)

「肉体的(物理的)にも、感情的にも攻撃されたり、傷つけられたりする可能性にさられる質のもの、またはその状態」

下手な訳ですが、少しvulnerabilityについて、想像がついてきたでしょうか?

ブレネー・ブラウンというアメリカ人の研究者がいます。

彼女はvulnerabilityと、courage (勇気)、authenticity(本物、誠実であるという意味)とshame(恥)について研究している人で、
2010年6月にTEDTalkデビューした時のスピーチが評判となり、今ではアメリカ国内外でとても有名になった人です。日本でも彼女の本は、3冊出版されています。

今年2月に日本で出版された彼女の「立て直す力 Rising Strong」を読んだ時、久しぶりに彼女のサイトをのぞいてみたら、”Living brave” (勇気を持って生きる)という番組がスタートしたことを知りました。彼女がホストとなって、毎回ゲストを呼んで、毎回同じ質問をゲストにしながら対話する番組構成になっています。

彼女がまず最初にゲストに聞く質問は、「vulnerabilityとは…、この続きをあなたの言葉で表現してください」というものでした。

この番組の最初のゲストとなったのは、おそらくこの番組を作ることを後押ししただろう人物、オプラ・ウィンフリーさんでした。オプラさんは、あまり日本では知られていませんが、アメリカでは、トークショーのホストで有名になって、経済誌『フォーブス』によると20世紀のアフリカ系アメリカ人の中では一番の資産家となり、2004年までの時点で黒人唯一のビリオネア(10億ドル以上の資産家)であるというような人です(
ウィキペディアより引用)。

私もアメリカに住んでいた時、もちろん彼女のファンになり、日本に戻ってきてからも時々彼女の新しい番組のインタビューを見ることがありました。

オプラさんはいつもは自分が誰かをインタビューする立場であることが多いのですが、ブレネーさんの番組では、ゲストとして招かれお話をされています。そのインタビューで、私は久しぶりに心を打たれましたので、皆さんに紹介させて頂きたいと思いました。

残念ながら日本語字幕がないため、全編を理解するには英語がわかる人しか楽しんで頂けませんが、このインタビューの一部だけでも、シェアできたらと思って以下ご紹介させて頂きます。

まず、こちらのリンク先から、そのインタビューがご覧頂けます。英語がわかる方は、ぜひこちらからご覧になってください:

https://www.courageworks.com/2015/11/living-brave-interview-oprah

このインタビューの中で、ブレネーさんがお決まりの最初の質問をします。

「あなたにとってvulnerabilityとは…」。その後にオプラさんが言った言葉は以下のものでした。

まずは英語の原文をご紹介しますね:

=========

Being willing to express the truth no matter what.

The truth of who you are, the essence at your core. What you're feeling at any given moment.

It's being able to open up your soul and let it flow so that other people can see their soul in yours.

=========

そして、以下、私の訳です:

==========

(vulnerabilityとは、)

どんなことがあっても、喜んで真実を表現すること。

その真実とは、あなたが誰であるのかという真実、あなたの核にある本質。そしていかなる瞬間において、あなたが何を感じているのか、という真実。

あなたが自分の魂をオープンにして、それが流れるままにするの。そうすれば他の人たちは、自分たちの魂を、あなたの魂の中に見ることができる。

==========

この言葉を言っているオプラさんから流れてくるエネルギーに、ゾクゾクっとしてしまいました。

この人は真実を語っている、ご自分の経験から、心の底から感じていることを言葉にしていると感じました。これを聞いているホストのブレネーさんも、「最初から、泣いてしまいそう」と言っているように、本当に感動的でした。

このインタビューでは、他にオプラさんはこんなことをシェアしてくれています:

「誰かを失望させないで、勇気を持って生きるなんて出来ないわよ。勇気を持って生きれば、必ず誰かを失望させる。でも、そんな自分に失望する人たちは、自分にとってはあまり大切な人たちではないのよ。自分にとって大切な人たちは、あなたが勇気を持って生きることに失望なんてしない。むしろ、そんな時こそ一番側にいてくれる人たちよ。」

このインタビューで、オプラさんは、自分がvulnerbleに感じる時はどんな時か?と聞かれた時、「それは、自分の体重管理ね。こんなにも世界で影響力があって強い女性だと思われている私が、毎日何を食べるべきか、食べないべきかで葛藤している現実があるの。これは私のvulnerbleなところよ。」とオープンに、何の尻込みもせず、自分の「弱さ」についてお話されている場面も印象的でした。

自分の最も傷付きやすい、もろい部分を人にさらけ出す勇気を持つ時、周りがとても勇気付けられていくのを私も何度も目撃しています。

そういう場面に出会うとき、私自身の魂が震えます。そして、大きな勇気をその人から頂きます。

直接自分に何かしてもらったとか、そういうことでなく、その姿に感動し、勇気を頂くのです。

このインタビューを聞いた後、私にとってのvulnerabilityとは何かを、考えてみました。

今はこんな言葉が出てきます:

“Being brutally honest with myself and live from it. “

「容赦ないほど自分に正直でいること。そしてその自分で生きること。」

さて、あなたにとってのvulnerabilityとは何でしょうか?今感じていることを、言葉にしてみると良いですね。

私たち一人一人が本当の自分をさらけ出して、そこに愛と思いやりを互いに持って生きていけたら、今の社会はどんな風に変わっていくでしょう。私は、そんな社会を見てみたいです。そんな社会の中で生きてみたいです。

そのために、まずは自分から。自分から、容赦ないほど正直に自分をさらけ出して、勇気を持って生きていきたいと思っているところです。

ザリッチ宏枝

本当の幸せ

GWも後編に入りましたが、皆さんはいかがお過ごしですか?

伊勢のような観光地に住んでいると、このような時ほどなるべく外に出ないようにしています。今年も、家での時間をたっぷり取って、デスク周りのお仕事に時間を使っています。気になっていたものが少しづつ片付いていくので、とても気持ちが良いです。

普段から愛犬の散歩もあまり人気の少ない早朝に行くことがほとんどです。今朝も早朝から家族総出で(夫婦2人だけですが)出かけることができました。

毎回朝の散歩は、本当に気持ちが良く、エネルギーのリセットにはもってこいの習慣なのですが、今朝の散歩は、本当に天国にいるかのような気分になりました。

いつも散歩する公園の桜の木も青々という感じで葉がしっかりと茂り始め、藤の花もまだ満開の状態でした。地面には、クローバーと紫、黄色、白、薄ピンク色の様々な草花のまるで絨毯のようになっていて、ある土手の場所は、黄色の花で埋め尽くされ、その中にポツンポツンと咲くオレンジ色のポピーの花に朝日が当たって、その場所がゴールドの色で包まれているような風景でした。(今朝は、うっとりしすぎて写真を撮ることも忘れてしまいました。)

いろんな鳥の声のさえずりも聞こえて、その鳥たちの鳴き声を聞きながら、歩くのがおぼつかない老犬と共に、彼女の歩き方を気にしながらゆっくりと歩く主人と私。

すぐ横に大きな川が流れ、その川の音にも癒されながらの散歩は、本当にここは天国だと思わせていただくようなひとときでした。

最近の私は、幸せだと思う瞬間は何ですか?と聞かれたとき、このような何でもない日の、何でもない朝の散歩の瞬間をあげることが多くなりました。

人生に何も問題がなくなったとか、そんな状態でもなく、いろんな問題が大小ありながらも、それら全てのことが有難いと感じられていることは、これまで、「こうでなきゃ、幸せじゃない」「これを手に入れないと」「この状態でないと」と思っていた頃の私から見たら、ちょっとした奇跡的な状態なのかもしれません。

「幸せ」を研究しているあるアメリカの大学の教授が、「あなたが幸せを感じる時はどんな時ですか?」とインタビューした結果、ほとんどの人は、普段の何でもない瞬間をあげたそうです。

世間は「これをすれば幸せになれる!」と謳っているものがたくさんありますが、本当は私たちは日々の中で、自分が幸せだと思う瞬間をいつも経験しているし、何か特別なことでなくても、十分に幸せを感じることがもうすでに出来ていることに気づく必要があるのでしょう。

本当の幸せとは、「どこかにあるか」のでなく、もう「今ここ」にあることに「気づく」こと。そのことに気づけないうちは、どんなことをしても、どんなにお金や時間を使っても、そして努力をしても、私たちが感じたい「本当の幸せ」を感じることはできないのでしょう。

私の場合、幸せを求めている時は、他の誰かと比べて、「私にはそれがない」と思っているときが殆どです。なので、それをやめると、またすっと平和な心の状態に戻ります。

みなさんはどうですか?どんなときに、幸せを求めたくなるでしょうか?

今日も、自分が幸せだと感じる瞬間を、たくさん創り出す1日にしていきます。

どうぞ、充実したGW後半をお過ごしくださいね。

ザリッチ宏枝

清らかさ

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先日、久しぶりに外宮さんへお礼参りに伺いました。写真は、外宮さんの古殿地(新御敷地)のその時の様子です。

いつもは早朝に伺うことが多いのですが、その日は午前10時半頃の時間帯で、平日にも関わらずたくさんの観光客の人達で賑わっていました。皆さんそれぞれに、この地にいらしたことを喜ばれている気が伝わってきて、こちらもとても楽しい気持ちになりました。

私は、アメリカでの暮らしからこの伊勢に戻ってきた11年前にやっと「日本」という国について深く感じたいと思うようになって、この地の伊勢神宮のことを深く理解したいと思うようになりました。

伊勢神宮の在り方から学ばせてもらうものはたくさんありますが、「人が成せることとは何か?」を一番体感を持って教えてくれたのはこの場所でした。

ミネソタ州の北部にバウンダリー・ウォーター・カヌー・エリア・ウィルダネス(以下BWCAWと省略)という、カヌーイストたちのために保護された場所があります。その区域内だけでも何百個も湖があって、幾つもの湖を渡りながら旅ができる場所があるのですが、そこで私は自然の素晴らしさを教えて頂きました。

伊勢神宮も自然が保護された素晴らしい場所です。でもただの自然が保護された場所、あるいは自然と共に生きている場所以上の「気」が流れていることを、ずっと疑問に思ってきました。

一体この気は、何だろう?

BWCAWでも、他のアメリカの大自然にいたときにも感じられなかったこの気は、何だろう?

「神さまが宿っているから」と答えることも出来ると思いますが、私はミネソタのその場所にも自分なりの「神」を感じました。「神はどこにでもいる」と私は自分の体験からそう思っています。

でも、伊勢神宮とBWCAWや他の大自然を感じられる場所とでは、やはり何かが違うのです。

その違いを考えていた時、ある日ふと思い浮かんできたのは、神宮の自然には「人」が深く関わっているということでした。

BWCAWもキャンプサイトの設置など人の手が入っていますが、そこに人としての「日々の営み」があるわけではありません。

でも神宮には、人としての日々の営みがあり、それが1日にも欠かさず千五百年以上と続いている。

人が当たり前のことを当たり前のこととして、黙々と淡々とやっていく、その営みから作り出されるものが、この独特な「気」を作り出すのではないかとある時ふと思ったのです。

この独特な「気」に形容詞をつけるなら、やはり「清らかさ」だと思います。

この清らかなエネルギーは、自然の中の木々や草花だけでは、そして動物だけでは作り出せない気であると思います。

地球上で唯一人間だけしか創り出せない気、エネルギーは、「清らかさ」。

伊勢神宮の参道を歩かさせて頂く度に、このことを思うのです。

私にとって伊勢神宮とは、人として、日々どのように生きたらこの清らかな気を創り出せるか?をいつも考えさせられる場所です。

先日伺った時も、そのことをとても考えてながらお参りさせて頂きました。

「清らかさ」のお手本となる場所が近くにあり、このように身近に体感させて頂けるのは、本当に有難いことだと思いながら歩かせて頂きました。

また今日も自分の居る場所に、この「清らかさ」を創り出せるように頑張りたいと思います。

ザリッチ宏枝