Core Harmony Blog
アイニカエル。アイカライキル。

誰もが持っている唯一無二の「ギフト」

伊勢は、梅雨入りしましたが、みなさんのところはいかがでしょうか?

雨季は、雨という恵を頂く季節。それが雨季が与えてくれる「ギフト」の1つでもありますね。

「ギフト」とは、その言葉のとおり、「贈り物」。「ギフト」は、受け取る方も、贈る方も、嬉しいものですよね。

コアハーモニーがご提供しているリーダーシップ研修では、まず自分が周りに与えられる「ギフト」とは何かを認識してもらう演習があります。

これは、私が大学院で組織開発論の勉強していた時の「リーダーショップ論」という授業の中で、「リーダーシップとは何か?」を自ら定義するために、まず自分のリーダーシップとは何か?を徹底的に探求する機会があり、その時の経験から考えた演習です。

私は今、リーダーシップを自らこう定義しています。

「リーダーシップとは、その人の喜び(ギフト)が最大限に表現されている状態」」

さて、これはどういうことかと言うと、まず私は、全ての人がリーダーシップという質を持っているということを前提として考えています。

リーダーシップという言葉が、階層社会の中で上部にいる人や、社会を大きく変えていく人、多くの人間を指導したり、ある方向へ引っ張っていく人が持つ資質として使われてきたため、リーダーシップという言葉のイメージが何か特別な人に備わる資質のように使われてきました。

ただこれからの時代は、階層社会の構造は更に崩れていく傾向にあり、ピラミット型で人が動いていくのでなく、アメーバー式に、あるいは渡り鳥の動きのように、誰か特別な人が頂点にいるのでなく、どのような立場の人も、その人が持つ強みを発揮し、周りに何らかの影響を与えていきながら、全体として動く社会の構造が主流になっていくように思うのです。

何かを成し遂げていく時(何かしらのカタチを作り出す時)、一時的にみんなを引っ張っていく人、その時の指導者となる人は存在していきますが、ただその人がみんなよりも上で、素晴らしいということなのでなく、人の上に立つのは集団の中で発生するただ1つの役割であり、リーダーとフォロワーに、上下という比較はないものと私は捉えています。

そのような考えから、私は全ての人が自らが持っているリーダーシップの質を認識して、それを発揮させていくことが大切だと思っているのです。

この考えから、リーダーシップとは、その人が持っている「ギフト」だと表現をしています。

その人が持っている「ギフト」とは、生まれ持った性質であるものもあれば、これまでの人生の経験そのものが「ギフト」となって、周りに与えるものになっているものがあります。

地元の看護学校で「自己啓発演習」という授業を担当させて頂いていますが、この授業では様々な演習を通して、自分のギフトを認識してもらうことをしています。

これまでの人生を振り返ってもらったり、周りのクラスメートから自分が醸し出している雰囲気をたくさん伝えてもらったり、自分のギフトを知るためのいくつかの質問に答えることから、それらの演習から集めた情報から、自分のギフトは何かを自分で言葉にして、みんなの前で発表してもらいます。

先日、全ての演習を体験した後、自らのギフトを自分で言葉にして、発表してもらう機会があったのですが、まあ見事にみんなが言いにくそうにしていたのが、可愛らしくも、印象的でした。

「私のギフトは、xxxxです!」なんて、自分の良いところを人前で言うわけなので、そんなことに慣れていないみんなの声や態度が恐る恐るになるのは、とても自然なことです。

ですが、そんなみんなの姿を見て、私は思わずこんな思いを熱く伝えていました。

「自分のギフト、言いにくいですよね。

でも、これを堂々と言えるくらいになってもらうのが、私との授業の1つの目標です。

みんな、自分の良いところを堂々と人に言うなんて、傲慢だ、謙虚さに欠けると思っているかもしれないけど、本当に謙虚な人は、自分の良さをしっかりと認識して、それを惜しみなく相手に差し出せる人です。

みんなは唯一無二の素晴らしいものを色々を持って生まれてきています。

生まれてきただけでもすごいけど、生まれてからこれまでの人生で、いろいろと経験してきたでしょう?

その全ての経験は、あなたにしか経験できなかったことです。

そのあなたにしかできなかった経験は、全てあなたのギフトであり、周りの人に与えることができるものをなんです。

周りにとっても、そんな大切なもの(経験)をたくさん持っているあなたが、”いえいえ、私なんて、人様に与えられるものなんてありません”って生きていることの方が、なんと傲慢なことかわかりますか?

この前シェアした山田ズーニーさんの記事
「「照れてる」の一言で済まされてきた私たちへ」にもつながるものがあるけど、「いえいえ、私なんか」と言っている方が、恥ずかしいし、傲慢なんです。

本当に謙虚な人は、自分の素晴らしさをきちんと認識して、だから”自分はすごい”とか威張るでもなく、周りから学ぶことにも心を開いて、素直になって、ただただ自分が出来ること、与えられることは惜しみなく、周りに差し出している人です。

だから、今は遠慮がちに言った自分のギフト、私との授業が終わる来年2月には、堂々と表現できる自分になることを目標にしていてほしい。

そして、そうなるので、楽しみにしていて下さい。」

さてこの通りの言葉で言ったかどうかは定かではありませんが、その時と同じ思いを込めて、ここに再現してみました。

あなたはこれを読んで、何を感じましたか?

もしこの記事を読んでくれている看護学校の生徒さんがいたら、もう一度この言葉を読み込んでおいて下さいね。あなたのギフトを最大限に差し出せる人に、そんな看護師さんになっていけるよう、2月まで私はみなさんの心に寄り添っていきます。

本当に私たちは、一人一人、唯一無二の素晴らしいものを持って生まれ、今存在しています。

これまでの経験全てはあなたが相手に贈ることのできるギフトです。

そして、それらのギフトは、最終的には自分で認識し、自分で覚悟を持って相手に届けていく必要があるものなのです。

自分のギフトは何だと思いますか?

すぐに、1つでも答えることができますか?

私は、たくさん言えますよ(笑)。

その1つに、これまでの人生で特に辛かった経験の中にものすごいギフトが隠されていることを発見するのが得意であり、その体験の真の意味をその人に伝えることができます。これは、私が勝手にこう思うからでなく、コーチングのセッションの「対話」の中で、その人の魂が伝えてくれるんです。

このようなギフトを私が持てたのは、私自身が自分を見失ったり、自分の人生を真剣に見つめてきて、自分の魂の声を聞けるようにいろんなことをしてきた経験があることに加え、この経験(ギフト)を、周りに与えていくために、私はコーチという仕事を通してこのギフトの力を鍛えてきたからだと思います。自分が持っているギフトは、ただ持っているだけでなく、与えることでどんどんと研ぎ済まされていくのです。

みなさんにもたくさんのギフトがあります。

生まれてきたことだけでも、みなさんの存在そのものがもうすでにこの世へのギフトですが、これまでの人生の経験の中に潜むギフトにぜひ気づくようにして下さい。

これまでの人生で、とても印象に残っている出来事はありませんか?

その出来事から、あなたは何を学びましたか?

その学びこそ、あなたのギフトの1つです。

そしてギフトですから、それを誰かに与えてこそ、そのギフトの存在が完成します。

もし自分のギフトは何かをコーチの助けを借りて見つけたいと思われたら、ぜひお手伝いをさせて下さいね。

下の写真は、実家の庭の梅の木の様子です。もたれることもできないほど繊細な古木でも、こんな立派な実をならせるんですね。この古木からの素晴らしいギフト、今年もたくさん頂きました。今年は、梅シロップと梅干しになる予定です。

こうして頂いたギフトを更なる喜びに換えて、ギフトのエネルギーを循環させていくことで豊かさが生まれます。またこのお話は、後ほど。

今日も自らのギフトをたくさん使って、そして周りの人のたくさんのギフトに気づきながら過ごしていきます。

どうぞみなさんにとってもご自分や周りのギフトにたくさん気づく1日となりますように。

ザリッチ宏枝

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