Core Harmony Blog
アイニカエル。アイカライキル。

清らかさ

geku_kodenchi
先日、久しぶりに外宮さんへお礼参りに伺いました。写真は、外宮さんの古殿地(新御敷地)のその時の様子です。

いつもは早朝に伺うことが多いのですが、その日は午前10時半頃の時間帯で、平日にも関わらずたくさんの観光客の人達で賑わっていました。皆さんそれぞれに、この地にいらしたことを喜ばれている気が伝わってきて、こちらもとても楽しい気持ちになりました。

私は、アメリカでの暮らしからこの伊勢に戻ってきた11年前にやっと「日本」という国について深く感じたいと思うようになって、この地の伊勢神宮のことを深く理解したいと思うようになりました。

伊勢神宮の在り方から学ばせてもらうものはたくさんありますが、「人が成せることとは何か?」を一番体感を持って教えてくれたのはこの場所でした。

ミネソタ州の北部にバウンダリー・ウォーター・カヌー・エリア・ウィルダネス(以下BWCAWと省略)という、カヌーイストたちのために保護された場所があります。その区域内だけでも何百個も湖があって、幾つもの湖を渡りながら旅ができる場所があるのですが、そこで私は自然の素晴らしさを教えて頂きました。

伊勢神宮も自然が保護された素晴らしい場所です。でもただの自然が保護された場所、あるいは自然と共に生きている場所以上の「気」が流れていることを、ずっと疑問に思ってきました。

一体この気は、何だろう?

BWCAWでも、他のアメリカの大自然にいたときにも感じられなかったこの気は、何だろう?

「神さまが宿っているから」と答えることも出来ると思いますが、私はミネソタのその場所にも自分なりの「神」を感じました。「神はどこにでもいる」と私は自分の体験からそう思っています。

でも、伊勢神宮とBWCAWや他の大自然を感じられる場所とでは、やはり何かが違うのです。

その違いを考えていた時、ある日ふと思い浮かんできたのは、神宮の自然には「人」が深く関わっているということでした。

BWCAWもキャンプサイトの設置など人の手が入っていますが、そこに人としての「日々の営み」があるわけではありません。

でも神宮には、人としての日々の営みがあり、それが1日にも欠かさず千五百年以上と続いている。

人が当たり前のことを当たり前のこととして、黙々と淡々とやっていく、その営みから作り出されるものが、この独特な「気」を作り出すのではないかとある時ふと思ったのです。

この独特な「気」に形容詞をつけるなら、やはり「清らかさ」だと思います。

この清らかなエネルギーは、自然の中の木々や草花だけでは、そして動物だけでは作り出せない気であると思います。

地球上で唯一人間だけしか創り出せない気、エネルギーは、「清らかさ」。

伊勢神宮の参道を歩かさせて頂く度に、このことを思うのです。

私にとって伊勢神宮とは、人として、日々どのように生きたらこの清らかな気を創り出せるか?をいつも考えさせられる場所です。

先日伺った時も、そのことをとても考えてながらお参りさせて頂きました。

「清らかさ」のお手本となる場所が近くにあり、このように身近に体感させて頂けるのは、本当に有難いことだと思いながら歩かせて頂きました。

また今日も自分の居る場所に、この「清らかさ」を創り出せるように頑張りたいと思います。

ザリッチ宏枝
blog comments powered by Disqus