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「これ以上でもこれ以下でもない、この私を愛する」ギフトを輝かせる人たち vol.4 中西典子さん

【こちらはインタビュー記事です】

ソクルスの「コンパッショネイト・リスニング・スキル」シリーズのレベル3まで受講され、最後の卒業試験を終了した方々を対象に、ソクルスでの学びの体験、そしてその方々の今のご活躍についてインタビューをさせて頂いた内容を、ライター小澤仁美さんが心温まる文体でまとめて下さいました。

ソクルスでの学びを知る材料に、そしてそれ以上に今まさにギフトを輝かせている人たちに、ご縁ある人たちが繋がって下さることを願ってご紹介させて頂きます。


保育士・育児総合アドバイザーである中西典子さんは現在、三重県・玉城町の子育て支援センターで働いている。主に妊娠中~産後のお母さんの相談に乗ったり、虐待されている幼児から高校生の子どもたちに日々関わるのが仕事だ。

20代の頃は小学校の教員をしていたが、結婚後は専業主婦となり3人の男の子を育てた。
その後保育士や児童クラブの指導員などを務め、平成17年に子育て支援センターが町に設立以降は、そこでずっと子育て支援の仕事をしている。60歳の今に至るまで、一貫して子どもと関わる仕事をしてきた。

筆者はインタビュー前、典子さんのことをその経歴から「肝っ玉母さん」的な強い女性を想像していた。しかし実際にお会いしたのはどこか人をホッとさせる、窓辺に差し込む日だまりのような印象の人だった。世の中には話しかけやすい人と話しかけにくい人がいるが、典子さんは間違いなく前者だ。

そんな典子さんが、ソクルス主宰のザリッチ宏枝さんと出会ったのは10年前。
町の中学校が校内暴力で荒れていたとき、児童福祉職員として典子さんが学校に関わっていた際、当時そこでスクールカウンセラーをしていたのが宏枝さんだった。

「それから宏枝さんが主宰する対話の会やセッションに参加するようになりました。当時の私はとにかく苦しくて生きづらくて、でもその理由がわからなくて。毎週のように宏枝さんのところに行っては泣いてましたねえ」

典子さんはそれまでずっと「自分は周りの期待に応えなければいけない」と強く思って生きてきたそうだ。
子どものころからクラスではリーダーとして、勉強もスポーツも出来る優等生。目指していた学校の先生となり、結婚・出産後は「いつもニコニコしている完璧なお母さん」になると思っていた。しかし努力で結果をコントロールできたこれまでの世界とは、まったく異なる子育てのやり方に日々悩んだ。その後、子育て支援センターで多くのお母さんたちと接するようになるが、心はどこかしんどかったと典子さんは振り返る。

「頭では『お子さんもお母さんも、皆ありのままでいいんだよ』と思ってるし口にも出すけど、心の中ではいつも『自分はありのままではいけない』と思っていて、その頭の声と心の声が一致していないことが辛かったんだと思います」

それでも宏枝さんとの対話やソクルスでの学びを通じ、徐々に自分のありのままを感じられるようになっていった。

「ソクルスレベル1(自分との対話)では、とことん自分と向き合いました。私はずっと自分の気持ちを感じないようにしてきたせいか、自分の感情に深く入っていくというのが最初怖かったです。でも例えば『辛いときは辛いと感じてもいいんだ、頑張らなくてもいいんだ』といった自分への許可を一つずつしていくことで、心に掛かっている重石が一つずつ取れていくような感覚がありました」

自分を生きることに「がんばり」などいらないことを学んだ。
そのまま典子さんは、レベル2(相手との対話)へ進む。

「レベル2では、人の言葉の奥にあるものを感じられるようになりました。以前は人に何か聞かれても、正しい答えだけ渡していた感じ。子育て支援の現場では正しい答えが欲しいだけの人も多いですし、不安が解消されるだけで満足する人も多いです。

でも、例えばあるお母さんが『子どもが離乳食を全然食べてくれないんです』と相談に来たとき。すぐ離乳食の話に行かずに、まず『この方が本当に不安に思っていることは何なんだろう?』というところを感じに行くようになりました。その人の言葉の奥にあるものを感じれるようになったのは、レベル2を受けたからだと思います」

持論を押し付けるのではなく、相手から自分の答えが出てくるのをじっと待つ。典子さんの在り方に助けられた町のお母さんたちも、きっと多いのだろう。

「そのままレベル3(場との対話)に進みました。レベル3では自分が思うリーダーシップ像を書くというワークがあるんですけど、あれを何回もしたのが良かったです。
最初わたしはリーダーとは大きい組織のトップにいる人のこと、リーダーシップ像とは会社の理念とかビジョンのような文章のこと、みたいに思ってたんです。でもソクルスの指すリーダーは『自分のギフトを表現できる人』のことで。自分のリーダーシップ、生まれ持ったものを言葉にして、これから生きていく指針がはっきり見えていくプロセスが楽しかった。

卒業試験ではお母さん4~5人に集まってもらって『子どもの自己肯定感を高める』というワークショップをしました。卒業試験の前もそういう会はしていたんですけど、正しい知識を伝えなければ、ってどこか力んでいましたね。あ、そういえば自己肯定感って何のことか知ってる?」

・・そう改めて聞かれると、自己肯定感って何だろう。
自信たっぷりの人、プライドの高そうな人を見ると「この人、自己肯定感が高そう」って思うけど、でもなんだか違う気がする。
しどろもどろの筆者に、典子さんは小さい子にも伝わるようにやさしく教えてくれた。

「自己肯定感は、自分は何もしなくても存在価値がある・自分は大切にされるべき存在なんだ、と感じる気持ちのことです。
小さい子を見ていると、ものすごく光るものを持っているのに、それを発揮できない子が多い。それはなぜかって考えると自己肯定感があるかないかじゃないか、と思うようになったんです。
なので今も、お母さんたちに少人数で集まってもらって、子どもの自己肯定感を高める会を不定期でしています。これからも自己肯定感についてのお話会やワーク、何より子どもに関わることはずっとしていきたいですね」

育児は育自という言葉があるが、子どもだけでなくそのお母さんたちの心に寄り添うことが、実は一番子どもたちの未来を照らすための近道なのかもしれない。

最期に、典子さんにとって宏枝さんはどんな存在なのかを聞いてみた。

「一言で表せないけど、少女みたいな人。安い言い方になってしまうけど、本当に愛の深い人だと思います。60年生きてきましたけど、こんなに愛の深い人は宏枝さんと、うちの旦那さんの2人しか知らない(笑)。

思えば私が宏枝さんから受け取った一番の宝物は、宏枝さんがありのままで生きる姿を実際に見せてくれたこと、じゃないかな。それが周りの期待に応えねばと苦しかったかつての私を、そのまんまの私に戻してくれたように思います」

自分を必要以上に見せることも否定することもなく、今この自分と共に歩いている典子さん。そんな彼女の姿は今、町の子どもやお母さんたちがありのままの自分に還る旅の一助になっているはずだ。
雨は森の沢から川へ、海へと注がれ、また雨となって大地に降り注ぐ。かつてその身体を打ちつけた冷たい雨も流れゆく水であり、命の源だ。自分が受け取った痛みも喜びも、未来へ循環させていく彼女の生き方は、人が本来生まれ持つ光を思い出させる役割を持っているのだろう。

【ザリッチ宏枝からの一言】

典子さんに初めて会った時から、深い愛情を持った人だという印象は今も全く変わらず、実際に地元で彼女は周りからの信頼も高く、とても頼りにされている存在です。彼女を取り囲む環境の中ではそのままの彼女でも充分なのに、ご自分はもっともっとと、魂を磨き続けるそのお姿に、私の方がいつも頭が下がる思いでずっと関わらせて頂きました。

私はライフコーチとして、特にこのような田舎で活動していると、ちょっとした人格者のように自分はなっていないといけないのではないかと、そう思う私の枠を最初から外してくれたのは典子さんでした。私がこのような狭い世間のある田舎で、ありのままの姿で伸び伸びと心のお仕事を続けていられるのも、典子さんが全く私を特別扱いせずにいてくれたこと、と同時に謙虚に学び続けて下さったことが大きく影響しています。典子さんは私に支えてもらったと思っているかもしれませんが、それ以上に私は典子さんの存在に支えられてここまできました。

典子さんはこれまでも子育て支援の分野で地元に大きく貢献されていますが、本当の意味でのご活躍は、実はこれからだと私は密かに思っています。典子さんのギフトを知っている私としては、こうしたら、ああしたらと時々発破をかけることがありますが、お孫さんの成長に関わりながら、きっと何かしらのことをされていく人だと思っています。

典子さんの地元である玉城町は、伊勢市のすぐ隣、自然溢れるとても美しい町です。子育て支援を始め、さまざまな分野で行政からの支援も手厚い町なので、人口が増え続けている地域です。観光で訪れても、地方移住先の候補としても、とても素敵な場所です。ぜひ一度訪れてみて下さい。

玉城町ホームページ:https://kizuna.town.tamaki.mie.jp