Close

全てはもう決まっている

これは小さい頃から感じていたことですが、人生で起こること全ては、もう前々からすでに決まっていたのではないかと感じることがあります。


どんな時に特にそう感じるかというと、なかなか手放せない感情から、ある日するりと抜けているとき。


まるで、この日のこの時間に、この感情からは卒業しますよとばかりに、事が動いている、と感じることがあるのです。


これまでの人生を振り返っても、身につけてきたスキルや能力も、「ああ、この瞬間のために…」と思うことが良くあります。


英語に関しては、それは何度もそう思うことがあります。「ああ、この情報に出会うために、英語を一生懸命に身につけようとしたのだな」とか、ふと読んでみようと思った本は、すぐ誰かにとって必要になる本になることも良くあります。この日のこの時間に、「この本のことをこの人に伝えなさい」とばかりに、本に出会っていると思うことが多いのです。


「私は、もうすでに決まっているシナリオの中で生きている」と思ったら、何だか一生懸命に生きることが馬鹿らしくなるなとも思ったこともあったのですが、決まっているからこそ、「今」という瞬間がものすごく大切だと思えるようにもなりました。


決まったシナリオの中で生きているので、「今」しか楽しみがないのです。なので、「今」を思いっきり経験しようと思えるようになって、嫌な感覚も、今しか感じられないのだから、たっぷり感じてみようという感覚になります。


ときどき「どうしよう、これから先のシナリオがとても悲惨な物語になっていたら」と思わないこともないのですが、それでもいいや、それを体験することを引き受けているんだからと思えるようになっていることも「シナリオ通り」なのかもしれません。


本当は、何も決まってない中で生きているのかもしれませんが、この視点で生きることは、私にとって日常を豊かにしてくれるものとなっています。

良い意味での「あきらめ」と、そして「覚悟」という感覚の中で、この一瞬一瞬の尊さを感じながら生きる糧を頂いています。


【アイから生きるレシピ】

「あなたの人生はもう決まっている」と言われたら、あなたはどんな気持ちがしますか?

嫌な感覚ですか?

それとも、よかったという感覚になりますか?

それとも….?

自分の人生にはもうすでに決められたシナリオがあって、そのシナリオ通りに生きていると考えた時、どんな感覚が湧き上がってくるか、ぜひ感じてみて下さい。

湧き上がってくる感覚を、ぜひジャーナリング(ノートに感じたことを書く)に書き込んでみて下さい。