最近になって、「私の中の世界観をそのまま表現してくれている」とそう生まれて初めて感じる音楽に出会う体験をしました。
アーティストは、青葉市子さん。
彼女が奏でる音は、クラシックギターであったり、ピアノであったり、彼女の声であったり…。彼女が織りなす音は、私を「心地良い私」に戻してくれます。
彼女のwikiページの中に、こんなことが書かれていました。
”シンガー・ソングライターになろうと思ったことも、自身がシンガー・ソングライターだと意識したことも一度もなく、歌が自然にでき、それが楽しいからやっているだけで、ごはんを食べる、寝るといったことと同じ感覚で、何かを表現しようと思ってやっているわけではない。”
ああ、ただ「ある」という生き方を、まっすぐとしている人なんだと思いました。
彼女の音楽からは、何かを成し遂げようとか、何かを伝えようとか、そういう強いメッセージ性のあるエネルギーは私には感じられません。だからこそ、彼女の音楽は、私の自我をするりと抜けて、私の高い次元の意識=私が心地良いと思う世界へと私を誘ってくれるのだろうと思います。
彼女がそうしようと思ってしているわけではないからこそ、実現している感覚なのではないかと感じるのです。
松本妃代さんの絵画もそう。彼女の絵からも、青葉市子さんの音楽から感じるものと似たような感覚、香りが、私にはします。松本さんも、自分の中の「自然」を表現している人。私にとって彼女の絵は、私の内側の世界に深さや彩りを与えてくれます。
彼女たちに限らず、最近、20代、30代のアーティストや起業家の人たちに、自分の自然をそのまま表現して、何かを創造して生きている人が増えてきているのを感じます。彼らのアートや事業は、彼ら自身もそうですが、自然と周りも無理なく幸せにしているのを感じます。
私自身は、ずいぶんと古い時代を生きてきてしまったから、彼らや彼女たちのような軽やかな生き方が、脂っこいものを食べた時に、美味しい水を身体に入れてあげるかのごとく、心に染み渡っていきます。四捨五入すれば還暦の領域に入った私でも、いやだからこそ、これを機会に自分が自然と惹かれる方向へともっともとっと進んでいきたいと思っています。
何かに「なろう」とするばかりで、自分のそのままで「ある」を許してこなかった私としては、今自分が体験している感覚は奇跡だと思うくらいに、大きな変化であり、それを楽しんでいます。
何かに「なる」ことをやめて、ただ自分で「ある」ことを続けていく。
私にとっては、それが来年につながる大きなテーマです。
これを読んでいる皆さんは、今何を感じておられるでしょうか?
皆さんにとっての、心地良い音楽、アート、食べ物、人、物語、対話…は、何でしょうか?
皆さんが心地良い世界に包まれますように、
そして、世界中の人たちが心地良い世界に包まれますように、と願っています。
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