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光は暖かい

今日は新月であり、2月の朔日。そして、もうすぐ節分。

暦の上では「大寒」が終わろうとしていますが、まだまだ体感では寒い日が続いています。

そんな中でも、杉はもうすでに花粉を散布している様子が伺えます。落葉樹の木々をじっと見つめると今にも芽が出そうな勢いのエネルギーも感じられるほどになっていました。

春は、もうすでに始めっているのを感じます。

先月は、遠くから知る方々ですが、私の人生に少なからずも影響を与えたお二人が旅立たれました。

そのお一人は、ホ・オポノポノを世界中に広めたイハレアカラ・ヒューレン博士(1月15日逝去)。

もうお一人は、西洋の世界に仏教の教えを広く拡めることに尽くされたティック・ナット・ハーン師(1月22日逝去)。

お二人の逝去について書かれた内容を読ませてもらうと、お二人ともとても静かに旅立たれた印象を受けました。

この世では偉大なことを成し遂げたと言っても過言でないお2人ですが、「私たちは、何者でもない…」という印象を残して、この世から旅立たれているように感じました。

私にとって、お2人は生きている時から光そのものとして存在してくれていましたが、この世から肉体がなくなっても、私の中では全く変わらず光の存在として生き続けてくれています。

この世では、まだエネルギーが強い人、それは人よりも目立つとか、目に見えて大きなことを成し遂げているとか、そういう人が上に立って、そういう人が素晴らしいと思われがちになるけれど、本当に素晴らしいのは、エネルギーが大きい人。別の言葉で言うと、光の量が大きい人、なのではないかと思います。

そして、そういう方々は、あまり目立たないところに存在していることが多いと感じます。

光の量が大きい人は、自我が小さい人だと感じます。

自我が小さいから、あまり目立たないのかもしれません。

光の量が大きい人ほど、周りから愛されることよりも、周りを愛することに一途にエネルギーを注いでいるという印象があります。何も期待せず、ただただ全てを愛しんで生きている人。

自分の光を出そう、見せようとすることなく、ただ光として存在していることを大切にしている人。

そして、その人たちから感じる光は、暖かい。

これからも目に見えるものにごまかされないで、暖かいと心が感じるものだけに反応して生きていきたい。

旅立たれたお二人の存在としての暖かさを思い出しながら、エネルギーの強さに惑わされず、光の大きさを、そして暖かさを感じ取れる人になろうと思っているところです。

【アイから生きるレシピ】

人の行為から、あるいは動物の行為から、心が暖かくなった出来事を思い出してみましょう。

私がすぐに思い出したのは、今は亡き愛犬がまだやんちゃな育ち盛りの頃、いつもは四六時中「散歩へ連れて行け~」モードで私に飛びついてくる彼女が、ある日私が熱を出してぐったりしている日に、私が寝ているベットの横でじっと大人しくしていたこと。おしっこさえも我慢して、私が起き上がった時に、やっと庭に出て用を足すというペースで側にずっといてくれたこと。庭に出ても、その日は用を足すとすぐに家の中に戻り、私からずっと離れなかった日のこと。そして、ある日私が面倒くさいモードになって彼女の散歩を今日は勘弁してもらおうと仮病を使ってベットに倒れ込んだとき、全くそれを気にせず「連れて行け~」モード全開でベットにまで上がって私をアタックしてきたときのこと…。

彼女との日々は、全て愛そのものでした。今は亡き彼女だけど、彼女と過ごした日々は、こうしてずっと私の心を暖かくしてくれています。

光はやはり、暖かい…。

あなたは、どんな出来事を思い出しましたか?

その暖かさこそが、本当の光とは何かを、教えてくれるように思います。