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心が不安定になるときの私の対処法

私の住まいの伊勢志摩方面では、桜の開花がピークを迎えています。

この時期は、用事があって出掛ける時は、桜が咲いている場所をわざわざ遠回りして出掛けることが多くなります。

どの場所も大好きですが、心が一番躍るのは、志摩市と伊勢市を結ぶ伊勢道路という国道の伊勢に近い最後のトンネルを志摩方面から走ってきて通り抜けた瞬間に見える景色。真っ黒なトンネルと抜けると、一斉に何十本もの桜が視界に広がる景色が大好きで、先日も志摩の実家に用事があり伺いましたが、日が明るいうちに伊勢に戻たいとソワソワしながら用事を終え、今年も無事その景色を見ることができました。

桜が咲く時期は、その姿を1日でも長く味わいたい気持ちから、穏やかな天気が続いてほしいと願うものですが、ほとんどこの時期は天候が不安定になりやすく、せっかく咲いた桜も、強風を伴う雨と共に散ってしまうことも多いことがいつも残念でなりません。今年は、例年になく穏やかな日々が続きそうですが、どうなることやら。

不安定な天候からも影響を受けるのか、私たちの気持ちも別れや出会いを経験するこの時期、心が不安定になる人も多いのではないかと思います。

私は普段から、ふとした時に「不安」のエネルギーに襲われる感覚を持つことがあります。

何か明確なきっかけがある場合と、何でもない時に急に不安になったりすることもあります。

私の場合、その「不安」の感覚を突き詰めると、「自分が孤独になっていく」感覚にいつも辿り着きます。

表面的には、「嫌われたらどうしよう」、「人が離れていったらどうしよう」、「お仕事がなくなったらどうしよう」という感覚ですが、それらの感覚の源泉は、私の場合、いつも「孤独になる」ことへ恐れのようなのです。

この私の不安な感覚を落ち着かせるための対処法は、私の場合、自分の話をひたすら聞いてあげる、ということで落ち着いていきます。

自分で、自分と対話するのです。

こうした自分との対話は、ジャーナリングと呼んでいる手法、それはただ感じていることをノートに書くだけのことなのですが、自分のジャーナリングノートに、「今何を感じているの?」、「何がそんなに不安なの?」と、ただただ「正直」な自分の気持ちを綴っていくと、すごく心が穏やかになっていきます。

「自分の心を不安にさせる感覚は真実ではない」と、ザ・ワークを提唱するバイロン・ケイティさんの本を読んでから信じるようにしていることから、「私は孤独だ」とか「私は孤独になる」というのは単なる思い込みであって、真実ではないと思えるようになりました。

それでも、心の状態は、時にそのことを忘れて不安定になるので、「私は孤独だ」というのは真実ではないのよ、と私自身に思い出させてあげなくてはならないのです。

こうして、ジャーナリングで自分と対話としていると段々と心が落ち着いていきます。

そして、決して自分は孤独でないことを実感します。

自分との対話は、私にとっては全ての対話における基本だと感じています。

簡単なようで、実は難しい「自分との対話」。私が主催しているスクールの講座で「自分との対話」というクラスがありますが、そこで教えていますので、興味がある方はぜひ受講して下さい。募集は随時受け付けています。

【アイから生きるレシピ】

もう1つ、不安な気持ちになる時の対処法として、「”ある”にフォーカスする」ということもしています。

不安な気持ちなると、”ない”という不足ばかりに意識がいってしまいます。

あれもない、これもない。

あれもなくなっていくかもしれない、これもなくなっていくかもしれない。

…と、”ない”と”なくなる”ことばかりに意識がいってしまうと、不安な気持ちが増していきます。

そんな時は、”ある”に気持ちをフォーカスするのです。

あれもある、これもある。

今の自分で考えられるもの全ての”ある”に意識を向けていくと、心が落ち着いていきます。

そしてこの時、小さな”ある”を見つけていくことが鍵となります。

当たり前だと思っていること、例えば食べるものがある、着ている洋服がある、こうしてこの記事を読むことができる携帯(コンピューター)がある、読める目がある、呼吸をしている、生きている….。

不安な気持ちになった時、ぜひこうして目の前の”ある”を見つけることに一生懸命になってみて下さい。きっとある時点で、心が落ち着いていくのを体験されると思います。またすぐ不安な気持ちが襲ってきたら、同じことでもいいので再度”ある”に意識を向けていくのです。

何度もこれを繰り返していくうち、完全に心が落ち着いていきます。